
想像してみてほしい。ペルー、アンデス山中の高地。9000年前の地層から、若き女性狩人の墓が発見される。傍らには、精巧な狩猟道具一式が添えられていた。この発見は、人類進化の歴史を通じて狩猟は男性の専売特許であったという長年の通説に、静かに、しかし力強く疑問を投げかける。発見者は、ランディ・ハース (Randy Haas) 、人類学者である。
場面は変わって現代。ブラジル、カメルーン、中国、アイルランド、イタリア、日本、東エルサレム、ウガンダ… 地球上の様々な場所で、人々はどのようにスマートフォンを使っているだろうか。人類学者ダニエル・ミラー (Daniel Miller) 率いる国際チームは、この小さな機械が、それぞれの文化の中でいかに多様な役割を担い、個人の社会的アイデンティティを映し出す「アバター」となっているかを解き明かそうとしている。

さらに遠く、ウガンダの保護公園へ。そこでは、人類学者ミシェル・ブラウン (Michelle Brown) が、アオザル、アカオザル、ヒヒたちの複雑な社会を、息を潜めて観察している。食物を探し、コミュニケーションをとり、時に争う霊長類たちの行動をつぶさに記録し、尿や糞のサンプルからホルモンレベルやDNAまで分析する。彼女の問いは、個体や集団が環境の中でいかにして生存競争を繰り広げているのか、その核心に迫るものだ。
これほどまでに多様なテーマ、多様な手法を持つ研究が、なぜ一つの学問分野に属するのだろうか? 9000年前の狩人、現代のスマートフォン文化、霊長類の社会行動——これらをつなぐ糸は何なのか? その答えこそが、本書でこれから紐解いていく「人類学」という壮大な物語の核心である。
人類学とは、文字通り「人類についての学問 (anthropos = 人類, logos = 学問)」である。しかし、それは単なる知識の集積ではない。人類学は、時間と空間を超えて人間という存在を探求する、壮大な旅なのだ。その旅路において、私たちは時に自らの思い込みや価値観を揺さぶられるような、未知の風景に出会うだろう。見慣れない文化、理解しがたい習慣、時には不快にさえ感じるかもしれない人間の営み。しかし、人類学を学ぶことは、そうした多様性に対して心を開き、性急な判断を一旦保留して、他者の視点を理解しようと努める知的な訓練でもある。それは自己の価値観を捨てることではない。むしろ、自らの「当たり前」を相対化し、より深く豊かな人間理解へと至るための、知的な跳躍なのである。
この教科書は、その跳躍のための羅針盤となることを目指す。複雑なテーマであっても、優れたストーリーテリングの力によって、読者の心に深く響くような物語を紡いでいきたい。さあ、人類という壮大な物語を探求する旅に出かけよう。なぜなら、人類学は、かくも広大なのだから。
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